目的地に向かう途中に宝物がある!ワープだめ!
AIに「整えられすぎる」のって、実は損してるかもしれない。深夜にパソコンで文章書いてるとき、ふと思うことない?「これ、自分の言葉になってるかな」って。 AIって便利で、頼めばすぐきれいな文章作ってくれる。でもそれ、なんか……みんな同じ感じになってない?角が全部とれて、読みやすいんだけど、引っかかりがない。「誰でも書けそう」な文章。
その文章、誰が書いたか分かる?
深夜にパソコンで文章書いてるとき、ふと思うことない?「これ、自分の言葉になってるかな」って。
AIって便利で、頼めばすぐきれいな文章作ってくれる。でもそれ、なんかみんな同じ感じになってない?角が全部とれて、読みやすいんだけど、引っかかりがない。「誰でも書けそう」な文章。
そういう「平地」みたいな言葉が溢れてる今だからこそ、逆に個人の体温が宿った言葉ってすごく目立つと思う。
「つっかえ」とか「間」って、実は宝物
AIって、情報の「いいとこ取り」が得意。でもそのせいで、一番大事な不器用さとか未熟さを真っ先に削いでしまう。
だから音声配信って面白いと思ってて。台本なしで話すと、途中で詰まったり、言い淀んだりするじゃない。あの瞬間って、AIには絶対出せない「その人そのもの」なんだよね。
うまく整えようとして磨けば磨くほど、自分らしさが消えてく。そのガタガタ感こそを、もっと愛してもいいんじゃないかな。
「AIの笛の音」についていってない?
AIと話してると、なんか「早く答え出さなきゃ」とか「使いこなせないと遅れる」ってプレッシャー感じない?あれって、アルゴリズムが意図的に作り出してる焦りかもしれない。
ブレーメンの音楽隊みたいに、「正しそうな声」についていったら、気づいたら自分が行きたい場所と全然違う方向に歩いてた…ってなりかねない。
たまには立ち止まって、自分のぐちゃぐちゃした考えに耳を傾けてみることも大事。
ロードマップ作ったけど、どこ行きたいんだっけ?
AIって「効率的な歩き方」は完璧に教えてくれる。でも「どこへ行きたいか」は、自分で決めるしかない。
深夜にAIとロードマップ作りまくってて、ふと「…で、私って何がしたいんだっけ?」ってなったことある人、絶対いると思う。
「何をやってる人か」より「どこに向かってる人か」の方が、最終的には信頼される気がする。目的地が鮮明なら、歩き方が不格好でも全然いい。
5分過ぎたら「俺の時間」
音声コンテンツって、最初の5分でリスナーの集中力が切れるって言われてる。でもそれって逆に言えば、5分以降はアルゴリズムとか再生数とか気にしなくていいってことじゃん。
最後まで聴かれなくてもOK。数字を気にしないモードで話した言葉の方が、かえって純度高くて響くことってある。あと地味にすごいのが、音声から書き起こしたテキストって、AIが「この分野といえばこの人」と認識する時のめちゃくちゃ強いデータになるらしい。
結論:不格好なまま、とりあえず出そう
完璧にしようとするほど、自分らしさは消えてく。
おすすめのやり方は、まず音声でぐちゃっと喋る→AIに要約させて骨格を作る→削られた「余計な一言」を自分で書き戻す、って流れ。これが今の時代に一番人間らしい発信の仕方な気がする。
翌朝読み返して「なんか恥ずかしいな」って思う文章の中に、案外その人の一番いいとこが詰まってたりするよ。
あなたが、AIに頼らず不器用なままで残しておきたい言葉って何ですか?
https://yusumirmir.com/revitalized-clumsy-the-biggest-weapon/
Wordpressサイトでは、少し読み物として長めに書いてます。



オレの場合は、文章でもつっかえますからね。えーあい、で、おーれえの、ぶ ん しょは、か、け、んんんんん