AIの濁流に消える文章と、量産型を置き去りにする「不器用な作家」の生存戦略について
ネットの海を埋め尽くすAI量産記事のなかで、自らの人生を削った個人の言葉を守り抜く方法について解説します。「声を載せること」と「本音を混ぜること」の2つの視点から、これからの時代を生き残る文章書きの戦略を提案します。
親愛なるあなたへ
いつも配信を執筆の励みにしていただき、本当にありがとうございます。
今日は、これからの時代を文章とともに生きる私たちにとって、避けては通れない、少し切実な未来について手紙を書くことに決めました。結論からお伝えしますと、これからの文章書きは、全員例外なく厳しい戦場に立つことになります。
綺麗事抜きで、私の本音を聴いてください。
今、インターネットの海を見渡すと、AIが量産した「中身のない、SEOのポジションだけを器用に取る無意味な記事」の洪水で溢れかえっています。検索エンジンに最適化され、最大公約数の正論を並べただけの、冷たい記号の羅列です。その結果、私たちが苦労して自らの人生を削って書いた心のこもった記事が、またたく間にその濁流に呑み込まれ、埋もれてしまっています。この現実に、私は強い危機感を抱いています。
では、その波に対抗するために、もっとカチッと整った、誰もが納得するような「美しい優等生的な文章」を書けばいいのでしょうか。 私の答えは、100%ノーです。
しっかりと端正に書こうとするほど、皮肉なことに文章はAIの出力に寄っていきます。AIこそが世界で最も「綺麗で論理的な平均点」を出す機械であるため、その土俵で戦っても私たちに勝ち目はありません。さらに恐ろしいのは、どれだけ人間が真面目に書いた美文であっても、今のネット界隈で横行している「AI判定祭り」や、関係のないアカウントまで一括で飛ばされる「インスタバン祭り」の網に誤認で捕まり、一瞬で市場から退場させられるリスクが存在することです。
綺麗に書けばAIと誤判定されて完全淘汰され、かと言って、完全に崩れた落書きのような文章を書けば、それはそれで誰にも読まれず評価に値しません。 まさに、私たちの前に立ちはだかる地獄のパラドックスです。
では、この厳しい環境で私たちが生き残り、独自の居場所を築くためのポイントは何か。私は2つしかないと確信しています。
自らの声を載せること
途中で本音を混ぜること
プログラミングや設定次第では、AIにだってそれっぽい「キャラクター」や「辛口の本音」を模倣できると言う人もいるかもしれません。しかし、人間がその文章を書いているその瞬間に、画面の向こうで「どんな思いだったのか」「どれだけ悩み、投稿を混乱させたのか」というリアリティの塊、その息遣いだけは絶対にコピーできないはずです。
ただ「いい文章」を書くだけの牧歌的な時代は終わりました。それでは確実に結果を出すのが難しくなります。特に、何の後ろ盾もない一般の書き手である私のような存在からすると、真っ向勝負は相当厳しいのが現実です。
こんな2つのポイントを偉そうに語っていますが、白状すれば、これはまだ私自身も完全に体現できていない、現在進行形の挑戦の真っ最中でもあります。だからこそ、ここを踏まえた上でエンタメ要素を含めたり、note公式さんのイベントなどの被リンクを載せることも手段として必死に考えているところです。ただ、被リンクを貼ったはいいが、そのリンク先のイベント記事すら、裏でAIが量産した無機質なコンテンツという不条理もあり得るのが今のネットの現状なのですが。
私は約8年間、このインターネットの片隅でブログを書き続けてきました。才能の壁にぶつかり、アクセス数に一喜一憂し、試行錯誤を繰り返してきた8年間です。その圧倒的な経験の結果、ようやく掴んだ確信があります。 「私の文章を真似できるAIは、世界に一人もいない」 なぜなら、私の文章は豪快に、あるいは自分でも呆れるほど圧倒的にとっちらかっているからです。
整然とした正論しか出力できない機械の手本から、最も遠い場所に私はいます。その「才能のなさ」が、この狂ったAI時代において、ようやく逆説的な花を咲かせようとしています。内容の是非や上手い下手は別として、私は今、あなたに向かって声を大にして伝えたいのです。 「へたくその時代到来!」であると。
これからネット上のノイズのようなAI記事群は、AI自身がプラットフォームの手によって排除していくはずです。間違いなく近いうちに大きな地殻変動を見せるでしょう。AIを「道具」として使っている記事というよりは、思想も動機もなく「AIしか使っていない記事」に分類される死んだコンテンツたち、そしてニュースサイトも同様の波に飲まれると予想しています。
今まで優遇されていたメディアの特色のないコピペ記事も、これからは一網打尽にされ、容赦なく淘汰されるに違いありません。どこを見てもそのメディア独自の色彩や特色が出ていない、誰が作っても一緒のようなタイトル、数字のために中身を盛った釣りタイトルが目立ちます。
ただし、彼らメディアと、私たち個人の書き手で決定的に違うのは「情報元(ソース)」の有無です。そこは私たちには逆立ちしてもできない、独自の取材網や情報を持っているので強い、ただそれだけです。元となる圧倒的な一次情報がなければ、彼らもただの能力のない、記号を消費するだけのライターでしかありません。
これまで、noteなどのプラットフォームの最大の強みは「まっさらな白い紙に、特に気が散ることもなく、ただ執筆に集中できるスペース」でした。誰もがその見た目の美しさに惹かれてペンを取りました。だが、皮肉なことに文字の大きさや色の装飾というノイズがない洗練された構造ゆえに、AIにとっては格好の的、つまり「データを最も抽出しやすい構造」になってしまっていたわけです。
しかし、これからはその弱みが逆転して強くなると私は明確に予測しています。 これからの時代を生き残るのは、無駄に大きな真っ赤な文字、遊びや脱線をふんだんに取り入れた、人間の不器用さが作ったみっともないほど人間臭い記事です。たとえばアメブロがいい例だと思います。自由度があって、カラフルで、決してスマートではないけれど、不器用な人間がそこに生きて動いた軌跡が強烈に刻まれています。
私たちが目指すべきなのは、そんな機械には絶対に踏み込めない独自路線です。 「行動なくして記事は育たない」 これが、今回私が何よりもあなたに伝えたいメッセージです。
部屋の中に引きこもり、ネットの情報を繋ぎ合わせて、どれだけ綺麗な文章を書いたとしても、それは明日にでもAI判定されて消えるかもしれません。 だから、動くのです。どこかに行って、現実を掴み、誰かに会ってくる。さらに「それがこの記事の内容です」と胸を張る。あるいは、その人に会って気づいた自分自身の至らなさ、自分との違いなどの激しい心の動きを見せ、一緒に撮影した写真があれば、その記事には圧倒的な「生命の動き」が出ます。 AIにできないことを追求し、その進化の網をうまくかわすこと。それこそが、これからの文章書きに残された唯一の生存戦略になります。
だが、冷徹な現実として、ネットの表面で最後に生き残るのは、残念ながら見た目の醜い「稼げる系」のコンテンツだろうとも予想しています。実際に人間が動き、欲望が絡み合い、必死に経済が回っているからです。正論の綺麗事で「あんなの嘘だよ、詐欺だよ」と思っていても、「月100万稼いだ方法」という生々しい人間の欲望にみんなが飛びつき、そこに新しい一次情報が生まれてしまうのが現実です。見た目はとてもみっともない記事に私には見えてしまいますが、どこを取っても、人間が動いたという一次情報に変わりはありません。
最後になりますが、全体の利便性や効率、美しさという波は、おそらく最終的にあちら(AI)に軍配が上がることになるでしょう。 だけど、私は最後の一人になっても、この戦場で戦い続けます。
負け戦上等です。
単なる私の個人的なエゴ、わがままかもしれませんが、私はタイトルに金額を入れてドヤ顔をしている人たちが心底嫌いです。有料記事にして自分の知能を売るのはいいし、マーケティングというものは立派な仕事ですからそれはいいと思います。 ただ、「noteで150万稼いだ方法を大公開」とか、稼いだのは結構ですから黙って裏でやっておけばいいのです。それをどんな品性のない気持ちで書いているのか、私には気が知れません。
それって、現実の街頭で「私、100万稼いだんですけど、私の話、詳しく聞きませんか?」ってニヤニヤしながら通行人に話しかけているのと同じです。 あなたなら、そんな品性のない人間と友達になりたいでしょうか。
私は絶対に嫌です。
画面の向こうの正論を捨てて、現実を掴みに行きましょう。 綺麗に調教された、機械の操り人形になり下がってはいけません。 とっちらかった本音と、実際の動きを見せながら、この狂ったAI時代を人間として、一緒に泥臭く渡っていきましょう。
あなたからのご感想を、心よりお待ちしています。
大山裕介
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